リンゴ・スターが暮らした家
9 Madryn Street / 10 Admiral Grove
リンゴは、生まれた家で6歳まで過ごした後、すぐ近くのアドミラル・グローヴに引っ越します。
この2番目の家でリンゴはドラムを覚えました。
ビートルズのメンバーとしてリンゴがロンドンへ行ってしまった後も、リンゴのお母さんエルシーと義父のハリーは、1965年までこの家に住み続けました。
この家は、「ザ・ビートルズ・アンソロジー」などで、リンゴがファンにもみくちゃにされながら家を出て、ジョージの運転する車に乗るという場面で見ることができます。

9 Madryn Street

10 Admiral Grove
ジョン・レノンが暮らした家
9 Newcastle Road / 251 Menlove Avenue / 3 Gambier Terrace / 36 Falkner Street
ジョンは最初の家で生後数年間を実母ジュリアと暮らし、両親の離婚を機にジョンはミミ叔母さんの家へ預けられることになります。
それが2番目の家で、ファンの間でも有名なビートルズ・スポットの一つでしょう。
この家があるメンローヴ・アヴェニューは後にジョンのアルバムのタイトルにもなりましたし、家の写真はビートルズ・フリークとして有名なイギリスのロック・バンド、オアシス(Oasis)のサード・シングル、“Live Forever”のジャケットにもなりました。
アート・スクール時代のフラットは、ジョンがスチュアート・サトクリフと「ビートニクな」学生生活を送った場所です。絵を描いたり、ビートルズのリハーサルなどにも使われました。
アート・スクールで知り合ったシンシア・パウエルと結婚後は、ブライアン・エプスタインが借りていた家にしばらく住みました。

9 Newcastle Road

251 Menlove Avenue

3 Gambier Terrace

36 Falkner Street
ポール・マッカートニーが暮らした家
10 Sunbury Road / 92 Broadway Avenue / 72 Western Avenue / 12 Ardwick Road / 20 Forthlin Road
今やリヴァプール名誉市民にして、エリザベス女王から「サー」の称号までもらっているポールですが、幼少時代にはかなり引越しを経験していて、分かっているだけで7回も家が変わっています。
中でも特に重要なスポットはポールが学生時代からビートルズとして大成功するまで暮らした7番目の家で、現在ナショナル・トラストが歴史的に重要な建物の一つとして買い取り、当時に近い状態に復元され、一般公開さています。
母の死や、ジョージやジョンとの出会いも、ポールがこの家に住んでいる間の出来事でした。
また、この家でポールは、ジョンと共に作曲をしたり、ビートルズのリハーサルを行ったりもしています。

10 Sunbury Road

92 Broadway Avenue

72 Western Avenue

12 Ardwick Road

20 Forthlin Road
ジョージ・ハリスンが暮らした家
12 Arnold Grove / 25 Upton Green / 174 Mackets Lane
ロンドン郊外のヘンリー・オン・テムズの大邸宅も素晴らしいですが、ジョージが少年時代を過ごしたこれらの家からは、必死に「ローンチー」を練習するギターの音色が聞こえてきそうです。
ジョージは、生地でもある最初の家に、7歳になる少し前まで住んでいます。
リヴァプール南部のスピーク地区にある2番目の家には、ビートルズ・デビュー前の1962年まで暮らしました。
この家では兄ハロルドの結婚パーティーが行われ、クォリーメンが演奏しました。
ビートルズが成功した後も、ハリスン・ファミリーはマケッツ・レーンの家で暮らしていました。
しかしあまりにもファンが押し寄せるので、1965年に一家はジョージが買ったウォリントン近くの家に引っ越し、リヴァプールを離れます。

12 Arnold Grove

25 Upton Green

174 Mackets Lane
その他のビートルズ関係者が暮らした家

1 Blomfield Road

37 Aigburth Drive

83 Canning Street

7 Percy Street

18 Trinity Road

93 Garmoyle Road

8 Heymans Green

197 Queens Drive
